クリニック通信
2026年9月24日ヒーロー最後の冒険
こんにちは。久しぶりの晴れですが、本当に雨ばかりでしたね。全国的なことなので私の「雨男」のせいではありません。多分、、。![]()
母が入院して1年が過ぎました。ずっと眠ったままです。時々、本当に時々、思い出したように目を開けることもありますがお話は難しそう。父は「お前が居てくれるだけでいいんだよ」と声をかけながら、毎回書いてきた手紙を読み、足をもんだり額に手を当てたりしています。姉や私も交互に面会に行きますが、子ども達の声の届くことも難しそうです。
突然父が言い出しました。北海道の小樽に行くぞ。父は小樽に生まれて30年以上を過ごし、その後東京から埼玉、茨城と移り住んで来ました。今年で94歳。兄弟は既に他界しましたが、その子どもたちに会いたいのだそうです。昔は健脚で聡明でしたが、今は杖を突きながらよろよろ歩き、片っ端からものを忘れていきます。耳も遠くなって面白いほど聞き違えます。「搭乗に変更がないか確認するね」「強情な弁当?何だそれ?」「いや、何だそれはこっちの方、、」
さすがに一人で行かせるわけにはいきません。シルバーウイークを使って父に付き合うことにしました。飛行機やレンタカー、ホテルを手配し、道産子料理を食べたがる父に食事の予約も取りまくりました。混んだ電車を乗り継ぐ羽田空港は難しそうなので、車でも行ける茨城空港を選びました。でも、茨城空港はタラップ搭乗です。父にとって、周りの人は10倍以上速く歩くようになり、階段は絶壁になりました。他の人に迷惑をかけず無事に飛行機に乗れるんだろうか。心配は尽きませんが、当の本人は私に任せきってのんきそうです。
何を忘れるか分かりません。姉に荷造りは任せました。当日、飛行機に遅れると最悪です。出発時間を口酸っぱく伝え、それでも寝坊や忘れ物をするかもしれないので、予定の1時間前には迎えに行きました。心配していた搭乗も意外とスムーズに出来ました。ふ~。ただ二人分の荷物を持つのは大変。
ホテルに着くや否や思い出の地を巡りたがる父を説き伏せ、その日は運河だけ。父に言わせると今はおしゃれで観光客で溢れた運河も、昔はもっと広くもっと臭く誰も寄り付かなかったそうです。夜はお寿司屋さん。板前さんに元東京都知事の石原慎太郎の同級生で、往年の大人気俳優の石原裕次郎は後輩だったと語っていました(本当らしい)。
私と違って父は饒舌です。おかみさんに勝るとも劣りません。耳が遠くなっているので、こちらの返事を無視して一方的に喋り続けます。何度も同じ話を繰り返します。その話は私の右の耳から入り、左から抜けていきます。絶妙に相槌をうつふりも。全ておかみさんに鍛えられた賜物です。
父のいびきと不意に静かになる寝息を気にしながら浅い眠りを取り、翌日はお墓参りと会食です。兄の子ども達とは言っても70半ば、余程可愛がっていたのか、みんな父に懐いています。こんなにも慕われて人望あるんだなあ。誠実で優しくて決して人の悪口を言わない父です。ちょっと見直したりしました。
最終日、父の思い出の場所を訪れます。観光地ではなく、自分や祖父母の住んでいた跡地と今は無くなった勤務先と社宅です。ナビでは特定のしようがなく、父のあやふやな記憶を頼りに車で右往左往。「あれ、この道と思ったんだけどなあ、そこ右に曲がって、いやまっすぐ」。事故を起こさないか冷や冷やものです。年齢的にトイレが近くなった父。え~、また~?我慢できないの~?その度に近くのコンビニやらスーパーなどに飛び込まなくてはならず、歩くの疲れた~と言う父以上に私が疲れ果てました。
走行距離にして300㎞余りをドライブしてようやく帰りの飛行機の中、父は私の気を使います。ありがとな~。疲れたか~?明日仕事あるのか?明日は救急病院の当直だけど午前はゆっくりできるから大丈夫だよ。父も相当疲れていそう。父の年齢ではもしかすると今回が最後の旅になるのかもしれません。その前に自分の住んでいた街に会いたかったのかな。いや、まだまだ大丈夫。私の大事なヒーロー。きっとまた行けるよ。でも、私の体力がもつかなあ。





