クリニック通信

2019年6月8日福ちゃん

こんにちは。

梅雨に入ってしまいましたね。庭は外構工事が終わり、すっきりしました。ただ、庭から木が消えたことで風が見えなくなりました。葉ずれと鳥の声が聞こえなくなりました。きれいにしたつもりだったのに、大事なものを失った気持ちです。健兎は換毛期に入って、毛を撒き散らして私の咳を誘発してます。

筑波大学小児科准教授の福島敬先生が埼玉に異動されました。

私の一年上の先輩で戦友でした。だから、福島先生ではなく、福ちゃんです。私が二年目の研修医だった時は、赴任先の北の救急病院で、冬の荒れた次期をたった二人で乗り切りました。私の医師としての基礎はここで培われました。重症患者が来ても冷静さを失わず、常に穏やかな笑みを浮かべていた福ちゃんは、大学病院に戻っても変わりません。重い患者さんには昼夜を問わずに寄り添い、後輩医師や看護師さんのみならず、お掃除のおばさんにも気軽に接して慕われていました。

大学病院でも一緒に働きましたが、福ちゃんはその中で診てきた、特に重くて辛い血液、腫瘍疾患を専門に選びました。その後数年間、西南医療センター病院と言う県西にある救急病院で医長として活躍しながら学位を取り、筑波大学の講師になりました。大学に戻る時は、残す患者を気遣って代わりに来て欲しいと頼まれましたが、既に筑波メディカルセンター病院に勤務していた私は、応じることが出来ませんでした。ごめんなさい。

大学では当時小児科教授だった須磨さん(2017年2月25日ブログ「スマさん」参照)の片腕として力を発揮し、程なくして准教授になりました。

肩書を気にしない福ちゃんは、偉くなっても穏やかさに変わりはなく、いつまで経っても、訛りが抜けず、お酒は飲めなくて、かりん糖とかお饅頭が好きで、人懐っこい笑顔で診療科の垣根を越えて人を魅了し、信頼されて、巻き込んで、多くの血液、腫瘍患者さんの身体も心もを救ってきました。筑波大学小児科の医療水準を更なる高みに引き揚げたのは紛れもなく彼の功績によるものです。

福ちゃんが次に目を向けたのは、茨城についで小児科医が少ない埼玉県です。彼は秩父の出身、医療環境の厳しさを目の当たりにしてきたからでしょう。

送別会で言ってました。小児医療に地域の垣根はないよ。去るのではなく、働く場所を広げに行くんだ。

福ちゃんらしい言葉です。埼玉県の子ども達も安心ですね。

 

記事検索

カテゴリー一覧

年別一覧

ご予約方法はこちら

クリニック通信

リンク

診療日カレンダー